TRUNKが新しいステージに入る
SELECT SHOP & Cafe
ますます活気あふれるストリートとなることは間違いない(sim)
TRUNK HP→ http://www.b-billion.co.jp/carino-trunk/shop_info/index.html
ずっと暮らせるいい家づくりを追求する、熊本市の注文住宅設計事務所 EIIE(イイイエ)のブログです。
Archive for 5月, 2011
TRUNKが新しいステージに入る
SELECT SHOP & Cafe
ますます活気あふれるストリートとなることは間違いない(sim)
TRUNK HP→ http://www.b-billion.co.jp/carino-trunk/shop_info/index.html
COZYプロジェクト!
今日は、プレゼンテーションからさらにヒアリングを行い暮らしをカタチにしていく第一歩の打合せ。
素材感やプロポーションさらに細部にわたる暮らしぶりや可能性をクライアントと話し込んでいく。
スタートしたばかりのカタチは、あくまでもスタディ模型となるのだが
イメージの共有やメリット・デメリットなどもわかりやすいはず。
クライアント曰く
「夫婦で家について話すのがとても楽しくいい感じです!」
来年の春着工予定で進むこのプロジェクトは、いまからワクワクしながら一歩ずつ進むだろう。
それにクライアントのブログも興味深い。
家創りに対する想いや考えはきっと参考に成るはずだ!
今日はお疲れ様でした!(笑:sim)
クライアントブログ → http://bigblue.blogzine.jp/bigblue/
早朝、クライアントが訪れてくれた!
ツーリングの途中、事務所の前を通りかかったらしい(笑)
3年くらい前に完成した「MUSIC HOUSE」
今では、併設したスタジオSMITHも軌道に乗り音楽好きな仲間や音楽人と楽しく過ごしているとのこと!
興味のある人はぜひ活用されてはどうだろう!
しかし本当に多趣味なクライアント!
久しぶりにお会いできてありがとうございます。(sim)
スタジオHP → http://hwsa2.gyao.ne.jp/smith/
宮崎の中心地に位置するトランク。
OPENしてから約一カ月、今日は、その後の一カ月点検日である。
クライアント・ビルダー・設計・デザイナー当時の担当があつまり点検していった。
やはり完成時より商品や人が入って魅力アップなSHOPとなっていた。
地域に対してのリスペクト感は繁盛している様やSHOPやSTAFFの雰囲気をみればわかる!
そんな一カ月点検も無事おわり新しいステージに入っていく予感を感じた一日となった(sim)
TRUNK HP → http://www.b-billion.co.jp/carino-trunk/
1970年(メキシコ) アレハンドロ・ホドロフスキー作
カルトムービーとして取り上げられるものの後作の「ホーリーマウンテン」と同様、
観賞時の社会状況や個人思想などで受け止め方は様々!
しかるに当時の時代背景を垣間見ることや作者の思想背景などを読み解くことができても
シネマとしての成果は見いだせないだろう。
フェリーニなどの影響を感じ得ながら独特のアート性やセンスもしくはストーリーに意味もなく
ただ赴くままにフィルムを回している感じだ。
40周年を記念してリマスターされたフィルムは美しく本当に驚くほどである。
リベンジのつもりでやってきたものの好奇心的にがっかりさせられる結果となった。
けしてカルトムービーというのは、商法的キャッチフレーズに利用されるものだけではないことは確かなのだが
本当の作品に会えるのは、なかなか難しいことだと想う(sim)
知人から届いたメール。
そこには被災地の現実が映し出されていた。
原発から10km圏内の地域には人間はもちろん動物も見当たらないらしい。
記事情報やメディアなどで想像するもリアルさがない。
しかし、フロントガラスの向こうには、2か月前には町や家屋があったはずだ。
暮らしや家族がいたはず・・・。
仕事柄、建築をしてきた者にとって衝撃的で考えさせられる一枚だ。
創造する作業が、いかに大変かを身にしみて感じた。
そんな現実をうけとめながら活動している知人をはじめ復興活動をされている人々に感謝するとともに
改めて一日も早い元の暮らしが戻るのを心から祈るばかりである。
最後に知人がよせた言葉を載せる。(sim)
ちばりょー東北!
ちばりょー日本!
1973年(メキシコ・アメリカ) アレハンドロ・ホドロフスキー作
一晩限定で上映された。
さらにデジタルリマスター版での企画に多くのシネマ好きが集まった。
学生時代に見て以来の観賞となるがもちろんスクリーンでは初めてになる。
驚くほど画質もよく当時の印象とは大分違うし受け止め方も変わるものである。
・・・・・
カルト的作品というものは見る側の心次第である。
信仰的にいうならば問題ないのだろうがストーリーもキャストもひどいものである。
この程度の真理を解くならば2時間という時間など必要ない。
むしろ客席に縛り付けられるのが嫌になったほどだ。
さらに言えば映画にする必要もない。(商業的にまったく意味を持たないだろう)
劇中劇を連想される演技とストーリー!
本来ならばストリートや広場で上演したほうがよほど理解できるだろう。
やはり「時代は変わった」のだと実感した夜となった(笑:sim)