あたえられた予算と家族構成
つけ加えるならば
敷地やクライアントのバックグラウンドや時代背景
あらゆる組み立ての中に絶対値として存在するコスト
そんなものに縛られている間は、クライアントの望むカタチは出来る筈も無く
その前にやらなくてならない事象が数多く存在する
諸問題を自問自答するくらいならわかるものの
クライアントに問いかけてもなにも解決しない
第三者の立場から見る分には言い訳くらいには聞こえるが
二人称で進むロジックにそんな甘えも存在しない
必要なものは必要なものとして受け入れ自力にて解決して行くほか無いのだ
(むしろそうすべきである)
建築家という者はギブアップしない人種である
(むしろ苦業を楽しむ傾向が多いし苦業とも思わないだろう)
時代を追って考えるにそんな事をいった者を自分は知らないし会った事もない
言い換えるならばその時点で終わりだからである
(もしかすれば知らないと言ってもいいだろう:笑)
しかし受けるからにはコンプリートしなげればならない自責がうまれる
様々な答えを見極めながら押し進めて行くロジックには
「何かを求めれば何かを失う」という
等価交換の原則にしばられながら現実から抜け出せないのが実情だろう
そうであれば
毎日、退屈した日々の繰り返しを送ることになる
そんなベターなデザインをするより
好奇心からうまれるベストなデザインを愛することが
クライアントにとって
何よりのカタチとなり責務となることを信じている(sim)